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柏駅西口徒歩3分かしわ鍼灸院 MATSUO TAKEMAE

Author:柏駅西口徒歩3分かしわ鍼灸院 MATSUO TAKEMAE

東洋医学と健康長寿
鍼灸医道の源流である皇帝内経(約2600年前=中国最古の医学書)の最初の章では【上古の人は、年百歳をわたりても尚動作衰えず、矍鑠(カクシヤク)していたというのに、今時の人は、五十そこそこで、もはや動作が衰えてしまう。これは、いったいどういうわけなのであろうか】といった一文で始まり、健康長寿の爲の生活の知恵が述べられ、更に高次元的視点から人の健康レベルについても述べられています。
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東洋医学の100歳健康法 

2019/03/19 05:29:45 | 鍼灸患者学 | コメント:0件

 東洋医学は省エネ健康法
 
 医学は進歩発展していると言われていますが、それにも拘わらず、春になると花粉に怯え、高齢になると高血圧や不眠に怯え、膝、股関節、腰などの手術が増え、介護や認知症、更にはガンは二人に一人といった健康状態になり、健康情報は毎日どしゃ降りの雨のように降り注いでいます。

しかし、東洋医学の原典(今から三千年前)には、当時は100歳を過ぎてもカクシャクとして皆、元氣であったとあります。そして、そのための生活法が述べられています。

近代医学も良いのですが、古代文明から「病氣にならない生活習慣」を学んでみるのも一案ではないかと思い、ここに紹介してみます。

■ 100歳を過ぎてもかくしゃくとして健康であった訳

「皇帝内経・素問上古天真論篇第一」で皆が百歳を過ぎても尚、健康であった訳が次のように述べられています。
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『そもそも大昔の聖人と呼ばれる方々が、下々の人民共に教育された生活法は、次の事柄でございます。

 人間の生命力を消失させ、体の円滑な動きをそこなういろいろな病の源となる「邪気や悪波動」というものは、これを避けることができないわけではありません。波動の法則をちゃんと知り、自ら避けるようにすればよいのであります。(参照:ストップ邪氣被害")
 
 そのためには、心を静かにして、むやみやたらな欲望をおこさず、心をしっくりと落ちつけ、無我の境地に置くことです。そうすれば生の泉である真気はその人の体内を隈なく巡り、身体を正しく運営する事ができます。

このようにして、五臓の精気であり、生命活動の根本である心の神気と腎の精気とが、充実してゆるぐことなく、体内をがっちりと防衛しておりますならば、病を起こさせる邪気や悪波動など侵入することができません。

 ですから、何がなんでもやらねばというような、度をこえた気持をおこさずのんびりとして、欲望は少なくし、心を安泰にして物事に動かされることなく、何物も怖れず、また、肉体労働をしてもくたくたに疲れ果てるような無理をしないというようにすれば、営気、衛気ともに順調に体内を運行できるのであります。つまり欲望が少ない人は、心がいつも満足の状態であり得るわけでございます。
 
 そうなりますと、摂られた食物は、それでああ、おいしいなあと心に満ち足りますし、服装は得られただけの衣服で不足と思わず、それぞれの境遇に甘んじて楽しく暮し、身分の上下の者が互いにその地位と生活をうらやむことがなければ、当然、上は下をいためつけることなく、下は上をないがしろにすることもなくて、その結果として、社会は円満に治まるものであります。そうであれば人民の心根は真に素朴であることができます。
 
 このような社会でありますと、人民はどんな誘惑にも負けることなく、うらやましいようにみえる見かけ上のどんな楽しみも、その心をまどわすことはできません。愚かな奴も、智のある者も、賢い人も、つまらぬ連中も、皆、平等に何物もおそれることがございませんので、よく養生の道理にかなうのであります。ですから、大概の者が100歳をこえても老衰しなかったというのは、人間としてのあるべき心得を全うすることができましたので、肉体の方もそれに従って安泰であったというわけでございます。』

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● 要約
上の文を要約すると次のようになります。

①病気の原因は邪気や悪波動であること。
②邪気があっても波動の法則に従って対処すれば病気になることはないということ。
(最近では引き寄せの法則なども言われています)
③その方法として「無我の心」を保つこと。
④そうすれば生気が充満して邪気(病気)にやられることはない。
⑤その為の生活スタイルとは素朴な生き方である。
⑥これが道(宇宙法則・自然の法則)に従った生活法である。
⑦その結果100歳を超えても皆が動作も衰えず健康を保ったのである。
ということになります。

● ここでのポイント

ここでのポイントは「無我の心」ということですが、原文では「恬淡(てんたん)虚無(きょむ)」といって「何事にも拘らない、あっさりとした心の状態」ということですが、現在では自分自身の意識に抱えている知識や既成概念などのいろんな束縛から、自分自身を解放(ときはな)して自由にするという意味になります。 

自分自身を解(とき)放(はな)すということは自分の心を自由にするということですが、心が自由になりますと、そこに生命エネルギー(宇宙エネルギー)が自然と貫流してきて体の中に行き渡ってくるのが実感出来るようになります。

これは何度か繰り返すうちに誰でもつかむことが出来るようになります。そして、更に繰り返しますと心は宇宙の果てまでも広がり、その広がりと同時に安らぎが身体中に満ちて、心が満たされ、喜びが自然と沸いてきます。

そのようにして、その素晴らしいエネルギーを実感しますと、幸せとは物ではないということが体感的に理解できてきます。 
 
そのようにして心が満たされますと、もうこれで充分、このままで充分という心境になってきますから、それ以上何かを求める心が減少します。

また、他人の生活や持ち物や表面的なものをみても、うらやんだり、ねたんだりすることもありませんし、上下意識や優劣意識で優越感と劣等感を往復することもなくなります。

結果として、そのような心境には病気の原因である邪気や悪波動も影響を与えないということであります。このような生活スタイルを東洋では「道に生きる」などと言われています。

現代のように物質があふれて、しのぎを削るような競争社会では心の調整は至難のように思えますが、それも心一つで可能だと思います。
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